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姚承光老師語録
意拳 推手 ― 独特な武術

意拳の推手には偉大な価値がある。

 意拳推手は独特である。それは、実戦を通して確立された技術である。

 姚宗勲大師はかつて、「推手は実践のための準備になる。意拳の推手はあくまでも実践への移行であり、実践力を強化する」と言われた。もし、格闘の技に欠けるなら、それを伸ばすのには推手が役立つ。格闘能力のレベルは推手の技術向上に伴い劇的に影響される。実際、推手では站椿、試力、歩法、発力を試される。それは、意拳の基本的技術のようなものである。もし、格闘を完全に練習したいのなら、このプロセスを踏まなければならない。

 推手をしているとき、その体は緊張しているが、体は太極拳のように柔らかくないといけないと考える人がいる。しかしながらそれは、片寄った表面的だけな見方である。
 実際の推手トレーニングは緊張→非緊張→流動(柔軟)という三段階を踏み、これは意拳の求める確固たる基礎と絶え間ない練習なしに身につけることは出来ない。
 これは、基本的な推手から上級の推手へのプロセスでもある。このトレーニングを良く理解することなく、意拳をよく学ぶことは出来ない。単純に意拳推手の練習は最初に、柔らかくて柔軟でならないといけないと考える人は、椅子に座ったままの戦略家であり、意拳の本質を理解していない。

 姚宗勲大師が生徒に、意拳の基本技術と推手の関係を説明したとき、王郷斎師の弟子である、楊徳茂氏と初めて対戦したときのことを思い出されたことがあった。楊氏は推手の技で、姚氏を打ち負かした。その後、姚氏は意拳の基本技術と推手の練習に一日十時間全力を尽くした。半年後、姚氏の推手技術の能力は劇的に向上した。姚氏のこの経験から見ても、意拳の基本技術が推手技術の上級レベル達成を保証している。上級の推手は、敏捷な歩法、常に変化する手技、安定した体、小さな動きによる素早い発力、相手のある一点で自由かつ容易にバランスを崩すか、制御するか、攻撃することが出来る。実際の格闘で、高度な技を持つ相手と対面する場合、注意深くしないといかなるときでも致命的な一撃の危険がある。

 「推手はとても力強いですが、どのように格闘に使えるのでしょうか?」と問う人もいるかもしれない。

 実戦では、相手と物理的に接しているとき、最初に推手の技術で相手のバランスを崩すことが出来、次に、力を思いっきり出せる体の部位から相手を打つことが出来る。最終的には、相手から戦いの効果をなくすことが出来ることが可能になる。
 意拳は、その基本、基礎的な技術において精神性と人体の各部分の統合を重要視するため、ムエタイや西洋ボクシング等とは異なる。意拳は体全体のトレーニングによって理論と意念を組み合わせる。

 意拳は、手、腕、頭、肩、肘、寛骨、膝、足、体のほとんど全ての部分を使って力をだす練習になり、体の各部分はあたかもバネのようである。この技術で、お互い押し合う状態の接近戦でも相手を負かすことが出来る。これが意拳の特別な戦闘スタイルである。推手は、手と手による戦いで勝ち、即座に相手を倒す魔法の武器であるといえる。
 1930年代に王郷斎宗師はハンガリーのインガーというフェザー級ボクシング世界チャンピオンを意拳推手で打ち負かしたことがある。対戦中、王師はインガー氏の上腕を触れる瞬間に制御し、それに続く即座の素早い発力で震え上がらせた。1940年代、姚宗氏は他の武術教師を同じ方法で打ち負かした。姚氏は相手をまず制御し、それから即座に下方へ打撃し、効果的に戦いを終わらせた。これら二つの例は十分に格闘での推手の有効性をはっきりと示す。もし、格闘での巧みな推手をマスターしたいなら、まずは進んで意拳の基礎を練習しなければならない。真剣な勉強と厳しい練習なしに高い意拳のレベルに到達しようとするのは幻想である。

 推手は役に立たないと考える人は、実際のところは、意拳推手の本当の意味を分かっていない。真実の体系的手法で訓練されていない人達であり、いかなる推手や実践も経験することなく、ただ自らの考えを口だけで語るだけである。彼らは、熟練した意拳の経験者はもちろん、経験豊富な格闘技経験者を果たして倒すことが可能なのだろうか。

 一度、推手と実践の関係を理解したら、それらを日々の練習に組み入れなければならない。推手における抵抗力は日々のトレーニングで練習しなければならない。もちろん、ここで言う推手の抵抗力とは、正しい体系的な練習と意拳技術の基礎をベースとすることは言うまでもない。

 推手練習の間、両者は相手の力を感じ判断するため集中しなければならない。相手の防御に隙をみつけたとき、その機会を掴み、それまでに学んだ技術を用いて即座に相手を打たなくてはならない。推手練習の最初の段階では、自分の体が緊張し、固いと感じ、無意識のうちに力だけで対抗してしまうことだろう。これらが、相手と「雄牛の押し合い」状態を引き起こす。
 しかし、心配はいらない。力と技を向上するなかで、不器用なだけであった対抗するだけの力は徐々になくなり、相手の力のみを正確に感じ取り、素早く反応することができるようになる。そのレベルに至って、はじめて推手の抵抗力の強化へとつながっていく。両者の物理的な接触時に、既に実際の格闘に必要な打撃と発力を組み合わせる。それゆえに、上級の推手は実践であるとみなすことができる。

 推手の訓練は二つの方法で行うことが出来る。一つは、防具なしで、手と足の発力のみ許される。打撃や打つことはしない。もうひとつは、防具をつけて行い、これは通常の推手大会同様、発力、打撃の両方が可能になる。この方法をもって、推手の可能性は十分に探索できる。
 北京意拳研究所ではとても良い効果のあった者同士で多くの推手の試合を行い、意拳練習者の格闘能力をおおいに伸ばした実績がある。私は、意拳推手は世界に広く取り入られるべきだと考える。

 私は意拳推手についての自分の考えを全ての意拳の愛好者達と議論することを望んでいる。当然、我々の功夫の質は最も大切な事である。武術理論はとても良く理解していても、本当の意拳をつかんでいなければ、意味はない。

 長年の意拳を研鑽を積み上げた私は実践の能力とは、武術の技に内包されていた基本的な方法であったことに気付いた。意拳の愛する者として、私達はお互い助け合い、相互に意拳の技術を高めるように励まし合うよう努力すべきである。



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