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姚承光老師語録
科学的、体系的な方法で、意拳を学ぶ

 「書の達人は、筆の先を意のままにし、画の達人は、胸中に景色がある」という有名な格言があり、これはいかなる実践においても「意」の持つ主導的役割を申し分なく表わしている。武術においても同様で、「意をもって力をなす」と言われている。生理学的角度から見ると、いかなる人体の動きも、神経系統に支配された骨上の筋肉の伸縮作用の結果である。しかし、精神の支配が一番重要である。これが、意拳が「意」の訓練を大いに強調する理由である。それ故に、意念は武術の魂であり、高レベルの精神の動きであり、実戦における、より優れた能力となる。
 しかしながら、現在大変多くの意拳練習者が、意念を強調しすぎる一方で、正しくて適切な姿勢は疎かになっているが、姿勢は魂を運ぶものである。意念のみで、正しく、正確な姿勢を伴わない武術は、空中の楼閣のようであり、実戦において実用的ではない。また、一部の意拳練習者は、意念の正しい指導を受けることなく、型の組み合わせのみに注意を払いすぎており、一括して「全体構造の結合と拡大」などを話題にしている。この方法で、堅固な站椿を作り出すことができても、神経系統からの刺激を得る妨げとなり、時間の経過とともにそれは、柔軟性のない力という結果になる。これは、実戦での効果に重大な影響を与える。

 意拳では、意は精神を仮借した支配であり、拳は動きとしての外部への表現方式であり、拳術とは精神と身体の高度な統一を云う。身体の動きがなければ、精神は空想となり、精神の導きがなければ、身体の動きは目的のない動きとなる。それ故に、意念と姿勢は分けることの出来ない相互に不可欠のものである。正しい意拳の訓練方法は、意念と綿密な姿勢と組み合わせることであり、一方を過度に強調や、疎かにするのは意拳の原則に反する。

「科学的、体系的、本質的、標準化」というのが、意拳が常に基づいてきた指導および学習の原則である。意拳を習うためには、科学的で理論的手法と体系的訓練方法および厳格な指導態度と正しい姿勢を支持する必要がある。理論的で科学的な体系を、簡単な外側から難しい内側へ、徐々に生徒に示すことで、生徒は意拳を明瞭かつ順序正しく習い、正しい動作定型と条件反射を得ることが出来る。

 生理学的角度から見ると、運動技能を掌握するということは、正確な条件反射を確立するということであり、これには健全な中枢神経が必要である。条件反射を強化する正しい方法を活用する時のみ、神経系統の機能向上と動作の自動化および正確な動作型を形成し、本当の技能の掌握となる。従って、「科学的、体系的、本質的、標準化」という原則に従わなければならない。そうでなければ、間違った動作型と条件反射を形成し、簡単に正道を踏み外してしまう。意拳は、総合的な発展原則を推奨しており、基本技能の站椿と試力と発力は全て、様々な条件下で渾元力を達成および掌握するための道と考えている。それ故に、仮借の精神と意念の誘導は同時に行わねばならない。いくつかの基礎ができた後、生徒の反射能力を向上させるため、また様々な条件下で渾元力を掌握するために、実戦用の訓練を計画に入れる。

 概して、意拳は実戦を重要視している。いかなる訓練も実戦を中心に据えるべきで、そうすることで、神経系統機能の改善、実戦能力の向上、精神と身体の健康増進、格闘戦略の自動化になる。それ故に、科学的で体系的な訓練方法に従い、これら三つの側面を有機的に組み合わせて、全体的な資質向上を目指さなければならない。意拳を学ぶ道に、近道はない。もしあるとすれば、正確な方法+経験ある指導者による指導+個人の理解力+ひたむきな努力と百戦錬磨を経る実戦経験である。これらの側面のどれも省くことは出来ず、さもなければ、ただの机上の空論にすぎない。

             

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